屈折する星屑エセー

世はさだめなきこそ いみじけれ

ゆくゆくは墓キャンというのをしてみたい。墓敷地内移設計画。

注意)今回の更新はサブブログでやっている自宅建設記事ではありません。

 

『墓場鬼太郎』が好きだ。

反面、ゲゲゲの鬼太郎は人気取りの作品として受け取っている。

筆者は今のヤングにウケを狙った「ゲゲゲの鬼太郎」に群がる大人たちこそ拝金主義ビビビのネズミ男だと思っている。そんなヒーロー像のゲゲゲではなく、墓場〜は鬼太郎の自己主義を通してシュールレアリスムとは何かを教えてくれる。

今回の話とシュールと鬼太郎は特に関係がない。

筆者は墓場について前置きがしたかったのだ。

稀代の漫画家水木しげる先生は墓場巡りが大好きだったというが、今はその墓場が無くなっているという。

墓じまいによってである。

これでは水木先生の散歩コースが消滅してしまったも同然だ。

と、同時に我が実家の墓場も消滅しかかっている。

地元の部落(地元では地区の最小単位を部落というのでそのまま使わせてもらうが)で利用していた共同墓地は残すところウチの一件しか墓がない。

墓参りの度に墓石がひとつ、またひとつとなくなるのを見てきた。残されたものは草が生え、枯葉が積もった土台のみ。

これも世の流れなのだろう。墓の減少はお仏壇のハセガワHPにその原因が書かれているが、部落の場合も全くこの通りである。

<主な理由>

お墓を継ぐ人がいない。
生涯独身、子どもがいない夫婦などの事情により、お墓の承継ができない。
お墓が遠方にある。
就職、転勤、結婚などで故郷を離れると、お墓参りをする頻度が次第に減り、守っていくことが難しい。
夫婦それぞれの実家のお墓を守るのが大変。
長男・長女同士が結婚すると、両家のお墓を守っていくことになり負担が大きい。
高齢になり、お墓参りに行けない。
外出が不自由になり、何年もお墓参りに行っていないという高齢者が増えています。

お墓を処分する。墓じまいとは…|法事・供養のあれこれ|祈りの老舗 はせがわ

例に漏れず我が家もこれらの理由が全て一致する。

そのために、墓を移そうと計画中なのだ。

では、どこに?

永代供養や散骨は考えていない。

せっかくのじいさん(31年前没。今は墓を内側から守っている)が作った立派な墓だ。処分するのはしのびない。

実家の敷地に移設というプランを考えている。

これならば実家の両親がいつでも管理ができるし、筆者たち孫が帰省した時も墓参りが楽だ。今の墓地は山の中にあるため、虫除けスプレーを噴射しまくったり軽い登山をしたりせずとも庭先で手を合わすことができる。

大変、バリアフリーな墓の移設プランとなっている。

 

 

が、問題は当然ある。

隣人だ。

敷地内に墓を作るとなると、庭の真ん中ではなく隣との境界に置くことになる。するとお隣さんは黙っちゃいないだろう。

しかしだ、田舎なので敷地が広い。隣からは目立たない死角だって存在する。そこに置けば景観を害することはあるまい。

ここに何の問題があるのだろうか。

もう一度言うが、田舎だ。

近隣の昭和の残滓ともいうべきジジババ達は迷信の類がなかなかにひどい。AI到来の時代に頭の中は横溝正史の世界だ。

死者が何かするというのだろうか。

それはサム・ライミやJ・A・ロメロの見過ぎだと思われる。蘇る肉体など現代日本では死後、存在できないことになっている。

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墓に入っているものは骨だ。土葬でもなければ鳥葬でもない。

カリカリに焼かれた骨、科学的にいうなら20Caカルシウムの粉だ。

ただの粉が隣人に何をするというのか。

死人に口なしというではないか。

もし何かの意思疎通が死者とできればそれは日本では大川隆法しかできない特殊技能である。

もっとも幸福の科学がいうところでは死者と生者の魂は不可分、守護霊と本人の境界が曖昧なようである。守護霊が本人だと勘違いすることも多々あるらしい。

何とも微笑ましい世界であるが、それが真実ならば隣人がヒステリー気味に墓の移設を拒むのも理解できよう。

 

だが、そんなものは現代日本では通用しない。

ウチの土地で何をやろうが勝手なのだ。(法律の範囲内で)

そして敷地内に墓を移設するのが公共の福祉に反するとは言わせない。お隣さんも自分ちにお墓があるじゃないか!

 

筆者としては、墓を依代として先祖代々の皆様が敷地内で見守ってくれる方が大変ありがたいし心強い。

さらにうちのご先祖様達は一様にお祭り騒ぎが大好きときた。

無事、移設後には墓の前でBBQなんかを親戚中でやるのも大変面白い。死んだ(と自覚してない守護霊)ジジババたちも大いに盛り上がるだろう。

今、病院で棺桶に足の1.5本突っ込んでいる祖母は焼肉が大の好物だ。それに加え、年代的にも珍しく信仰心が皆無である。

こんな現実主義的焼肉ばあさんは線香の煙より牛肉の焼ける煙の方が絶対に好きである。これは間違いがない。もしお墓に入ったら盛大に肉の煙で燻してあげようと思う。もちろん牛タンを仏飯で供えたい。

 

さらに、季節がよければ墓の前でキャンプをしてもいい。

死者との対話である。

夜通し、ご先祖の人生についてとこれからの世界について語り合いたいものだ。

もうどこに着地点があるのかわからなくなってきたが、墓移設はうちの両親が墓に入る前に何とか解決したい問題である。

言うまでもなく筆者は死者というか守護霊と対話はできません。

しかし何だこのフィギアは!けしからん!! このコを墓守としよう。