屈折する星屑エセー

世はさだめなきこそ いみじけれ

徒然草で読み解くビートたけしの財産分与

今週のお題「わたしの好きな色」

 

今日は私が尊敬してやまない「殿」について考えてみたいと思う。

 

若い世代はコメディアンで「殿」といわれると志村けんを思い浮かべるかもしれないが、元気が出るテレビ世代は「殿」といえばビートたけしなのである。

ビートたけしが殿に上り詰めるまでのコメディアンとしての全盛期は、私は幼かったためよく知らない。教育上あんまりよろしくない元気が出るテレビを親にスイッチを消されながらも必死で見ていたような記憶がある。

しかし私にとってのたけしは世界丸見えや季節ごとの特番でむちゃくちゃをやる大御所らしからぬ行動に、ある種の芸人魂を感じていたのもたしかである。(たけしたけしと気軽に呼び捨てると軍団にボコボコにされそうなので殿と呼ぶことにする)

しかし、それ以上に殿の書くエッセイが本当に面白い。

ドラマ化された『たけし君、ハイ』もそうだが、その他の著書は過激でテレビでは絶対言えないようなことがズバズバと述べられていて、かなり胸がスーッとする。

この爽快感がなんともいえないキタノ文学は古本屋で見つけるとつい買ってしまう。(新書じゃなくてすみません)

 

今では殿はビートたけしではなく、北野武の方が有名かもしれない。

世界のキタノと呼ばれるようになった北野監督作品はすべて鑑賞した。

「みんな~やってるか」(ビートたけし名義初監督作品)はそれはそれですごい世界観だったが、アウトレイジシリーズなどのヤクザものもまたエンタメとして楽しめる。

しかしやはり私はキタノブルーを全面に出した青春ものが一番好きだ。

個人的には「あの夏、いちばん静かな海」を推したい。

ちょっと調べてみたが、北野武作品はあのゴダールに絶賛されたらしい。

殿も巨匠なのだが、仮に私が映画を撮ったとして、その作品がゴダールのような映画界の巨人に認められたらもう死んでもいい。それほどまで映画監督としても観る者の心を掴む殿。

 

これまで殿をコメンテーターのおじいちゃんとして認識している若い世代にむけて軽く紹介してきた。

私は殿を軍団ほど教祖として見ているわけではなく、ゆるーいキタニストとして敬愛しているのかもしれない。

 

その”ゆるキタニスト”の私が最近の殿をめぐるニュースを目にすると、ふと思い当たる節があった。

そのニュースとはゴシップをにぎわせているたけし離婚報道である。

記事によると真偽は不明であるが、数百億ともいわれる資産が前妻のものになり、たけしには家だけが残ったというものである。

news.livedoor.com

 ビートたけしが離婚 超高級車が世界の市場に出回る可能性

タレントのビートたけし(72)が200億円以上ともされる財産を手放して離婚したことで、自慢の超高級外車コレクションが世界中の高級中古車市場に出回る可能性が浮上している。

 離婚した幹子さん(67)に渡した財産の中には、フォルクスワーゲングループによるスーパーカーの上をいく“ハイパーカー”の「ブガッティ・ヴェイロン」や、イタリアの「ランボルギーニ・ガヤルド」などが含まれるもよう。いずれも数千万円の超高級車で、ブガッティ・ヴェイロンに至っては2億円ともいわれる。ただ多くは高性能で取り扱いが難しいため、関係者は「幹子さんが手元に全て置いておくとは考えづらい」と話す。

ビートたけしが離婚 超高級車が世界の市場に出回る可能性 - ライブドアニュース

殿の車好きはこのコマネチに代表されるように所さんとの悪ふざけもまた楽しませてくれる。

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http://henly-i.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-3a7e.html

フェラーリもブガッティも、家以外何もかもすべて手放したとされる殿。

財産分与の報道がすべてだとしたらまさにこの一節を体現しているといえる。

 

『徒然草』

第百四十段 身死して財残る事は、

身死して財(たから)残る事は、智者のせざるところなり。よからぬ物蓄へ置きたるもつたなく、よき物は、心をとめけむんとはかなし。こちたく多かる、まして口惜し。「我こそ得め」などいふ者どもありて、あとにあらそひたる、様(さま)あし。後は誰にと心ざすものあらば、生けらんうちにぞ譲るべき。朝夕なくてかなはざらん物こそあらめ、その外は何も持たでぞあらまほしき。

 

 第百四十段 身死して財残る事は

自分が死んだ後、財宝が残ることは、道理をわきまえている人のしないことである。つまらないものを蓄えておいてあるのも(それをたくわえて置いた人が)みっともないし、(また)良い品物(の場合)は、(その人は生前に)心がひかれたのであろうと思うと(なき人の心)が寂しい気がする。(特に、そうした遺品が)ゴタゴタと多くあるのは、いっそう情けないことである。「(この遺品は)是非とも俺がもらおう。」などという者たちがあって、死後に争っているのは、見苦しいものである。(それだから)自分の死後には誰に譲ろうと思う品物があるならば、生きているうちに譲るのがよい。ふだんなくてはならぬようなものはいたしかたもないが、そのほか(の物)は何も持たないで済ませたいものである。

徒然草 著者:川上四郎 発行文研出版 昭和42年3月1日初版第2刷発行

 

 

もしかして殿は死を意識しているのではないか。

愛する女性がいたら財産などはいらないと。

間違いなく言えることは、殿は徒然草百四十段を読んでいるということだ。

そして市場に出回るという車の行方は吉田兼好の読み通り、はやくもコレクターがむらがっている。

平安時代から人間は変わらない。

 

あの世には何も持っていけないことを感覚でわかっているのだろう。

資産家がすべての財産を手放すなどという話を聞いたことがない。

ジェフベゾフの財産分与は数兆円(もはや国家予算レベル)であるが、それでも全資産ではない。

そう考えると殿は静謐の中でこの後の人生を過ごしたいと願っているのかもしれない。

最低限の衣食住さえあれば良いと。カネが多いとその分わずらわしい生活だったのか。

足るを知るマインドである。

殿は身一つで死出の旅路につきたいのかもしれない。

死ぬまで財産にしがみつくようなみっともないマネはしたくないと。潔くありたいと願っているのだろうか。

 

死ぬ死ぬと縁起でもないことを言うなとお怒りの方もいるかもしれない。

怒りを鎮めたまえ。

兼好しかり仏道においては現世は仮の宿りなのだ。

死んだ瞬間から全てが始まるといえよう。

 

「俺達もう終わっちゃったのかなあ?」

 

 「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ!!」

 

兼好氏のセリフが聞こえてきそうなものである。

 

 

余談

殿は家以外は一文無しとコメントしているそうだが、殿は年間数億稼ぐ男だ。また来年の今頃は私たち庶民が一生かけて稼ぐおカネを手にしているだろう。

それにあっさりとした財産分与も人生遊び倒したからだろうと言われると元も子もないのだが。