屈折する星屑エセー

世はさだめなきこそ いみじけれ

令和から玄関に国旗掲揚を始めようと思う。祝祭日は日の丸(日章旗)で。

今月には即位礼正殿の儀があり、来月には改元後一度しか行われない大嘗祭がありますね。

前者は日本国の天皇の即位を国内外に周知する儀式であり、後者は今上天皇が歴代の天皇と天照大神と初めて一体になり国家の安寧を祈る儀式です。特に大嘗祭は日本にとって最重要な儀式と言えます。天皇一代で一度しか行われない神事です。

 

話はそれますが、祝祭日の違いがハッキリわかる人はいるのでしょうか?

恥ずかしながら筆者は何となくしかわかっておりませんでした。

言い訳かもしれませんが終戦後には祝祭日は名称が変わり、休みの意味が何も伝わってこないただの休日になっていますから仕方のない事かもしれません。

 

例えば祭日である新嘗祭。

勤労感謝の日は新嘗祭(にいなめさい)
勤労感謝の日は11月23日。この日は戦前もまた祭日で「新嘗祭」でした。勤労感謝の日にならって新嘗祭の意味を法律の文面から拾ってみると、
 「天皇が新穀を天神地祇に勧めて神を祀り、身ずからも食す」
とあります。その年に収穫された穀物(新穀)を神に勧め神を祀る行事ですから、現在の勤労感謝の日の「生産を祝い」と結びつきます。

勤労感謝の日と新嘗祭(にいなめさい)(No.0746)

この方が同ページでツッコミを入れていますが、「勤労を尊(たっと)びというのはこの日に限らずいつでもそうじゃないか」との事ですが、筆者も同感です。

変に勤労感謝などという名称にしたからこそ、本来の神事の意味をなさなくなります。単に労働に感謝する日でしたら祭日じゃなくて祝日の方が性質に合っているように思えますね。

と、これは一例でしたが昭和の日、文化の日もその名称だとぼんやりした印象を受けます。

このように、その休日が祝日なのか祭日なのか名称からは推測すらできない日が暦には多くあります。その結果、国民としてはその日をどう受け止めていいかさっぱり分からない、ただの頭と体を休めるハッピーな一日で終わっています。

 

個人的な意見を言わせてもらうと、戦後名称の変わった祝祭日は戦前の呼称に戻せばいいのにと思います。こんなことを言うと軍靴の足音が聞こえてきたとか戦争させる国にするのかとか騒ぐ左巻きの人たちが出てきそうですけれど、休日の名前を本来の休みの意味のわかる名称にするのがなぜ戦争と繋がるのか全然理解できませんね。呼称を戻した途端に戦争が勃発するとは到底思えません。それこそ左翼が金科玉条にしている憲法9条があるから戦争などできるはずがないのですけれどね。

今の抽象的な休日の名称を戻すことで、今日がなぜ休みなのか、なぜ国民の休日になっているのか思いを馳せることができます。それによってお祝い事や祭事を国民全員で体感できると思います。

ラグビーで日本の快進撃が続いていますが、この瞬間しか日本に生まれて良かったと感じることができないような状況は寂しいものがあります。

 

さて、それは余談でしたが8月22日の産経新聞朝刊に掲載された読者投稿の欄から引用したいと思います。

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産経新聞2019年8月22日朝刊  

筆者はこの神原さんが言われる「令和を機に玄関に国旗掲揚」に大賛成です。

昔の住宅は必ずと言っていいほど祝祭日には国旗を掲げていましたね。玄関先には国旗の柄の部分を設置できる金具が壁に付いていたと思います。今では祝祭日に日の丸を掲げる家をとんと見なくなりました。

やはり時代的なもので右翼と認識されるのを警戒しているのでしょうか。

だとしたらこれはおかしい。

アメリカでは星条旗が玄関にはためいている光景をよく目にするのに、なぜか日本で日の丸を掲げると右翼的な目で見られがち。それならばオリンピック会場の客席みんな右翼になるじゃないか!

 

日本国旗 日の丸 特大サイズ 150cm×90?

そこで今は家を建てている最中ですので無事に引っ越しが完了した暁には国旗掲揚セットを購入しようと思います。そして台座を玄関に取り付けて日の丸上げたいなーと今からワクワクしているのです。

だって令和ですから。

上記の神原さんに続きたいと思います。

ただ唯一の問題は、ウチの天照大神こと妻の許可が下りるかどうか。

小さい旗だよーということにして当日まで台座は付けないようにしておこう。

うん、それがいい。

バンザーイ!