屈折する星屑エセー

世はさだめなきこそ いみじけれ

"映え"に疲れたあなたへ。私はインスタグラムをこう使う。

お待たせしました!

お待たせしすぎたかもしれません!

 

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Netflix

アドセンス復活ナイスですねー!!

 

というネタを前回の記事でやれば良かったのですが、今思いつきましたので載せてみました。

最近はこのワードが頭から離れません。患者さんを呼び込む時につい「お待たせしました」なんて使うと山田孝之がすぐに「むしろお待たせしすぎたかもしれません」と脳内ハックしてきます。このような幻聴が聞こえる日々を送っております。

 

さて

前回の記事では当ブログのアドセンス停止について皆様から暖かく勇気のあるコメントをいただき恐縮しております。

自分のことのように心配していただいて、いつも見に来てくださる読者様に支えられているのだなと実感しております。

こんな荒唐無稽ブログなのに本当にありがたい限りです。 

www.ladystardust.space

 

 

前置き、インスタ論

では今日の本題、Instagramについて。

今更それを取り上げるのかよという厳しいご意見は聞かないことにしまして筆者の利用方法を紹介したいと思います。

Instagramはみなさんご存知、SNSの一角を担う世界的写真共有アプリです。

 

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Photo by Georgia de Lotz on Unsplash 

でもインスタ、疲れませんか?

"映え"疲れしてませんか?

誰に縛られてクオリティの高い写真ばかり撮ってるんですか?

もう自由になりましょう。

 

今回はこのような提案です。

インスタ映えのために世界中の人間が血と汗を流し、時間と金を使い、これでもかというほど絶景に自己顕示欲を上乗せした写真をせっせと投稿されています。

インスタ映えを追求しすぎた結果、悲しいことに撮影中命を落とす事故の報道まであります。フォロワー獲得といいね♡集めに本当に血を流さなくても、というのが筆者の感覚です。プロの写真家ではないのに命を賭してまで撮影する必要性を感じません。戦場カメラマンや登山カメラマンなどはそれを生業としていますので、素人写真家のInstagramとは同列には語ることはできないと思います。

 

また筆者は日常の生活の中で出会ったインスタ映えシチュエーション、例えばスタバのラテとかオシャレカフェのケーキとか、景勝地の風景などなど自分が撮影・公開してフォロワーに見せる意義を見出せないのです。

なぜなら”自分が撮らなくても他人が撮ってるから”に尽きます。

有名スポットを自分が撮影して公開しても他にもたくさんの人が同じ景色を投稿しているわけで、結果的に同じ場所の多アングルをインスタ内で行なっているにすぎません。

そこにはオリジナル性がないように思えます。

しかしインスタの使い方は写真の芸術性(=映え)を日記として昇華させているように思えます。

どこどこに行って、こんな景色を見て、これを食べたよ

というような。

しかし、写真の下に延々と続くハッシュタグとこれまたクソ長い感想文(?)を目にするとどうもFacebookと同じような印象を持ちます。つまり充実した自分の人生を他人にこれ見よがしに押し付けている感じが否めません。

さらに子どもの写真を載せている人もよく見かけますが、子どもの可愛さでいいね♡を狙っているような気がしなくもない。

これらの見方は自分がひねくれているからなのでしょうか。

 

だって、みんな眩しい!眩しすぎるよ!!

どうやったらそんな目が眩むような日々を送れるんだい!?

キラキラした感じがインスタから伝わってくるよ!おれにも分けてくれよ!!

クルーザーとかグランピングとかホテルディナーとかおれには無縁だよ!!

 

という僻みみたいなものからこの意識が生まれていることは否定いたしません。

ま、私見ですので異論もあるかと思います。

筆者はそんな考えのため、キラキラさせていない素朴な日常を切り取って公開しているアカウントを見ると非常に好感が持てます。自分の知らない生活をする人々の普通の風景を見せてほしいと思いますね。盛らない盛らない。フツーがいいよ。

 

お店が商品をきれいに撮影して紹介および広告に使うのは有効だと思いますが、個人で日記をするのならInstagramよりブログが断然向いていると思います。

インスタはいくら"映え"写真を投稿しても自分の収益には結びつきません。きれいな写真が撮れたなら、せっかくなので自分のブログに貼り付けた方がいくらか足しになりそうです。便利グッズもかわいく撮影するだけじゃなくてブログで紹介した方がアフィリエイトであわよくば買ってもらえますしね。

 

じゃ、お前はやってないのかよ!

と鼻息荒くインスタグラマーが詰めよって来ている気配を感じておりますが、当然やっております。

 

f:id:xray-stardust:20190921202935j:plainPhoto by Pascal B. on Unsplash

待て、早まるな。柄に手を掛けるでない。

誰もやってないとは申してござらぬ。

拙者が申しあげたいのは使い方を考えれば非常に役に立つ便利ツールになるということじゃよ。

 

筆者のインスタとの付き合い方

なぜかサムライ言葉になりましたが、筆者の使い方を紹介しますね。

写真の外部ストレージ化

ただこれだけ。

ゆえにフォロワーはいるけれどもフォロー数は0。SNS機能まるで無視。

コンセプト

どんな感じで使っているか。

"それっぽい" 写真をスマホで撮影したはいいけれどもPC内や自身のアカウントでのオンラインストレージに保存するのはためらう場合。

つまり保存することで容量の圧迫を気にしてしまう、そんな惜しい写真の行き着く先がInstagramというわけです。

削除するのも気が引ける、けれど保存して容量食うのも嫌だ。そんな写真たちがインスタサーバーの軒を借りて保存されているのですね。

 

また、写真を見返すことで自分用の日記になること。これも大事。記録にもなる写真をPCの代わりにインスタに保存してもらっているからです。また、幸せの押し売りにならないというのも前提ですが自分の日常ではそんな演出できませんね残念ながら。

どんな写真か

PC内にあっても見返さないものや、ブログに公開したところで反応が見込めないもの。

具体的に

缶ビール、居酒屋のツマミ、最近購入した物、カミさんが作った夜ごはん、増殖していくアウトドア用品、猫、犬などなど。

(一部小文字になっておりますが、ブラウザのエラーではございません。)

こんな調子で日常の何気ない写真をバンバン投稿していますので誰がどう見てもインスタ映えないアカウントになっております。

なんかキラキラしたインスタを見ている人たちにとっては筆者のページはきたないかもしれません。

魚の内臓とかあげてるし。

かも、じゃなくて間違いなくきたないアカウントですね。

しかし、そんな筆者のインスタにも個人事業主以外のフォロワーさんがいるのです。頭は大丈夫かと思いますが、いつもいいねくれます。盛っていいねは当たり前ですが、日常写真でいいねをもらえるとただただストレージとしてupしている写真に花を添えてくれますね。

プライバシーが気になる

ブログはウェブに公開されますが、インスタはアプリ内での閲覧になります。これが個人のプライバシー意識を薄くしているのかもしれません。これだけユーザーがいれば、ネットに公開するのと変わらないと思いますが平気で個人の顔を晒しますよね。ゆえに自分のアカウントでは誰一人として顔は公開させていません。今後自分の子供が産まれても載せることはないでしょう。

しかし筆者の顔は友人のアカウントで堂々と公開されておりますアップで笑 おい!

肖像権も十分気を付けたいところですね。

鍵アカはどうなのか?

だからといって鍵アカ設定をしてしまうとSNSの意味をなさないですね。

鍵設定はプライバシーの問題は解決するし、グループ内でのお互いの日常がわかるのでクローズドなSNSといえるでしょう。

加えて偏見かもしれませんが、仲間内に見せる写真の方が幸せの押し売り感が強い気がします。

さらに、いいね♡を付けてくれた人がどんな写真を上げてるのかなと見に行ったら非公開ですと表示されている。若干の虚無感がそこに発生します。そんなフリーライダーするくらいならお互いクローズドだけで完結してほしいものです。

 

最後に

インスタについてこのように長文でくだを巻くつもりはなかったのですが、映え文化にイラッとしてましたので衝動で書いてしまいました。

インスタもSNSですから事故やトラブルのないようにコミュニケーションを楽しむ道具、情報収集ツールとして自由に使えばいいと思います。

今回はインスタ疲れしてる人に向けて筆者の使い方の提案をしてみました。

 

アホみたいにフォロワー数増やして他のビジネスと相互作用できたら最高ですねー。

 

ちなみに筆者のアカウントはここでは公開しません。

面白くもなんともない恥のプライベートがまぁまぁ垣間見られる(それに加えてほとんどカミさんの手作り晩ごはん記録になっている)

というのと何より

#インスタ映えない

ですからね。

こんなことを書くと私の手料理がインスタ映えないのかと怒られそうですが。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。