屈折する星屑エセー

世はさだめなきこそ いみじけれ

夏季報酬・寸志がウサギになった話。

この一か月の出来事と言えば仕事以外に

・カミさんの妊婦検診についていく

・本を読む

・映画を見る

・ブラタモリを見る

・Amazon プライムデーで色々買い込む

これくらいだろうか。何とも記事にし難い日常。

 

その中でもあえてピックアップするならボーナスを頂けたことだ。

そう結局はマネーなのだ。

昨日の記事では「副業目的のブログはしなくて良い」などと豪語しておきながら心の底ではカネを欲している。

朝令暮改とはこのことだ。人間、カネの前にはかくもひれ伏すものなのか。

しかしこのカネは不届きな使途ではなく、まるごと貯蓄にまわる。

かみさんの育児休業に備えた生活防衛資金として、いわば我が家が世間と戦うための軍事費用とも言えるであろう。

裏を返せば筆者に甲斐性がないということだ。この費用がなければ我が家は年を越せないのである。筆者の給料だけではやっていけないのだ。

R1一家心中。

悲しき共働き。

そう捉えるならば筆者とカミさんは共同体で、お互い存立していることになる。

世間と戦うための軍事同盟・集団安全保障的関係に近いのではないか。

それはNATOやEU、日米同盟と同じではなかろうか。

筆者が危機にさらされている時には軍事援助を請い、兵站を補充している。

これはつまりコンビニでお酒を買うのにお小遣いをもらっているというのをかなり大げさに例えただけなのだが。

 

さて、この話題を掘り下げると筆者の底辺サラリーマン具合に悲しくなるため本題に入る。

なぜ筆者がボーナスをもらって小躍りしているのか。

文面からは小躍り感が出てないと思うが、内心は安堵とともに労働の喜びさえ感じている(後半は嘘くさい)。

まあ金をもらって嬉しくない人間はいないと思うが、特に今度の夏のボーナスは嬉々とした。

というのも額が良かったからではない。昨年の夏はボーナスがなかったからだ。

医療機関で働いていてボーナスがないということがあるのだろうか。

正確に言うなら“あった”。

 

寸志という名の夏季報酬が。

 

さて社会人になるまでその単語を知らなかったのかが寸志とは何であろうか引用してみたい。

寸志ってどんな意味?
寸志とは、「心付け」とも言われるように、「ちょっとしたお礼、厚意」という意味です。心ばかりのものですと、へりくだった気持ちで渡す、金銭や品物のことを指します。たとえば、会社の懇親会や親睦会などで「宴会費用の足しにしてほしい」と、金銭を入れた封筒を上司から部下に渡など、ビジネスの場では一般的に、上の立場から下の立場の人へ渡すお金を寸志と言います。

news.mynavi.jp

平たくいうなれば心付けである。筆者が我が社を代弁するならこうだ。

「転職したてでボーナス満額はあげられないけど、他の社員にはボーナスやってるしなんか悪いのでちょっとばかりあげるね。これで今後も頑張ってよ」

といういわば他社員への羨望を抑える効果を持つ気持ちばかりの心付け。

それが寸志。

額は1万円ほどだったように記憶している。

4月入社の社員を冬のボーナスまで縛りつけ不平を出さないようにする口封じの兵器・寸志。

「嫌なら辞めてもらって結構」

辞められないこちらの都合も見透かされているのだ。

寸志という頼りない響きとは裏腹に筆者の生命線にまでなっていた。

しかし金壱萬円で一体何が出来るというのか。

ボーナスとは庶民の金塊だ。塊でもらえるからこそ、諭吉の威光にひれ伏すことができるのであって金一封程度であれば瞬時に蒸発する額ではないか。

しかしボーナスがあるだけ幸せなのだ。

寸志でももらえるだけありがたい。

 

ではその寸志はどうなったか。

 

 

ウサギになった。

 

 

f:id:xray-stardust:20190723183422j:plain

Photo by Daan Stevens on Unsplash

これ⬆️ 

ウサギ。

 

純粋な読者の皆さんは筆者がペットショップでウサギを買ったと思っただろう。

残念ながらネザーランドドワーフでもなければロップイヤーでもない。

 

 

とある場所で諭吉を出したらバニーガールになってやってきたのだ!

 

 

明治日本の頭脳をしかるべきところで使えばウサギちゃんになる。

これはまさに『文明論之概略』にふさわしい。

これこそがカルチャーである。ぜひ寸志の使い方に困っている人に提案したい。

f:id:xray-stardust:20190723195240j:plain

ShrimpgraphicさんによるイラストACからのイラスト

だいぶオツムの弱い記事になってしまった。

今回は友人とバニーガールのバーに行ったら、寸志・諭吉の仲間の諭吉まで巻き添えにしながら私の元を去っていったという夏のお話でした。

 

当然、この後カミさんに月に代わってお仕置きされたのは言うまでもない。

 

余談だが、接客下手なウサギをなぜ筆者が気を遣って盛り上げねばならんのだ。もしかしたらまだ人間に生まれ変わって間がないのかもしれない。

バニー通の友人は札幌・ススキノがウサギの天国だと言っていたが本当だろうか。

お月様は意外と近いのかもしれない。